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大陸が原産地である高麗人参は、日本での定着に長い年月を要しました

高麗人参は、別名朝鮮人参とも言われ、朝鮮半島が特産、原産と思われがちですが、実際には、中国北東部から朝鮮半島にかけて広く自生し、この辺りが原産地とされています。
日本に伝来したのは8世紀頃とされており、栽培が本格的に行われるようになったのは、18世紀に入ってからとされています。
日本の土壌に定着するまでに、何故このような長い年月を要したかと言いますと、この植物種の特異な性質と日本の気候、風土への適応が大きな要因であったと考えられます。
高麗人参の栽培条件は、一般に非燥、非陰、非陽と言われており、要するに暑くも寒くも無く、水はけが良いところが栽培に適しています。
特に漢方・生薬に使われるこの植物種の根の形を左右するのは、土壌の質と水分のバランスにあり、干ばつでも一定の水分が供給・維持される保水性に優れた土地である一方、梅雨時期でも加湿とならない通気性の良いところが最適とされています。
土壌水分については、1年を通して50~60%が適量で、これ以上でもこれ以下でもこの植物種の栽培には適しません。
従って、四季があり、特に梅雨時期において多湿となりやすい日本の気候、土壌環境に適さなかったことが、定着までの長い年月を要した理由であると考えます。


ところで、高麗人参は、このような温度条件や土壌環境が揃っていても種を播いただけではなかなか発芽してくれません。
18世紀になって、幕府はこの植物種の栽培方法の確立に成功しますが、それに至るまではいろいろと試行錯誤があったと言われています。
この植物種は、催芽処理を必要とし、種を播く前に発芽を始める状態にすることが必要であったのです。
催芽処理は、発芽を早めたり、発芽の不揃いを調整する効果があり、一般的な手法としては、十分吸水させた種を、その種の発芽適温よりいくらか高い温度に保って発芽状態にするなどの手法があります。
特にこの植物種は、芽切りといった特別な催芽処理を施す必要があり、この特異な性質が日本での定着を拒んだ最大の理由ではないかと考えます。
かくして、日本の気候・風土に定着した高麗人参は、いまや万能薬として重宝されていますが、原産地は中国北東部から朝鮮半島であること、そして、誰が何の目的で日本に持ち込んだかなどを考えていると、歴史ロマンに思いを馳せざるを得ません。
約10世紀もの間、日本の気候、風土を拒み続けたこの植物種は、今なおその栽培技術において難しい部分が多いとされていますが、それは、その薬効が示唆してくれていると考える次第です。
同じく栽培が難しいとされているマカと組み合わせて摂ることで、血行の回復が期待できるとhttp://www.falastinnewspaper.info/7.htmlにかいてあります。
この2つが配合されているマカ高麗人参サプリメントというものがあるそうです。